心が動いたので、実現するよ。


明け方のタクシーの後部座席に、ボロぞうきんのような
心と体と重たい荷物を沈めて、外を眺めていた。
朝焼けは一瞬で過ぎ、白くなったと思った空はとっとと
朝の通勤風景の空に移行していって、前のめりに風を切って歩く
サラリーマン風の通勤者がばらばらと通りに見え始めた。


睡眠不足にめっぽう弱いのに徹夜明けで
めいっぱいのけだるさをくゆらせてるのに、
前のめりにさくさく歩く朝の人たち
ぱりっとした朝の空気
そんな朝のてきぱきとした雰囲気に、
まるでこちらのけだるさをちりとりとほうきで
ざっ と掃いて、ぱっ と片づけられるような気分になる。
ぱたん、と勢いよくファイルを閉じて はい、おしまい と
言われてるかのような。けだるさを許さない、空気。
せめてけだるさに浸らせてくれ、とそんな空気に悪態。


1時間後。
新幹線の座席に同じように身を沈めたら、駅のホームの先端も
見ずに眠りの沼の底に落ちていた。朝日がビルの合間を射して、
冬の澄んだ空気の中黄色い光線をまっすぐに放っていた。


10時間後。
飛行機の座席に座ったら、途端にまた眠りに落ちるかと思った。
なのに、たまたまSKYWARDを手に取ったら、
たまたまスコットランドで、アイラ島で、ウィスキーで、
たまたまトルコで、アニリール・セルカンで、モスクで、写真で、
うっかり熟読していた。

次に気付いた時には、羽田だった。


24時間後。
銀座のイタリアンで、友人と食事。
思えば来年で彼女とは出会って15年になる。
そして、今日話していたことについて、彼女が言った。
「心が動いたので、実現するよ。」